輝かしい大道

光明大道

Posted by M.Kawakami on 22nd Oct 2019

發一崇德電子報 聖訓經典 光明大道

活佛師尊慈訓

 修めるというのは、自分が進むべき方向と理想を理解するのであって、人情の道を修めるのではない。
 身をもって道を示すには、心中のこの仏堂から、24時間観照することも必要だ。
 心が動揺して慌ててしまったら、本来の自性仏を忘れてしまう。
 叩首するときの一叩は、人に一叩、つまり命(人+一+叩の形)だ。
 仙仏を尊敬し、自分の中にいる仏、本来の仏性を尊敬し、その仏光があまねく照らすようにすれば、徳を以て衆生を感化できる。
 動中に静、静中に定、定静安慮得、小さなことを心中で体得するのだ。

 仏堂に帰って勉強会に参加すれば、弟子には研究学習して成長する機会が与えられる。
 一回一回が大変なことなのだから、まじめに勉強して、温故知新、日々自分を新しくして、成長の階段を確実に登るのだ。
 一歩前進すれば、目標は明確、人生に迷うところなく、輝かしい大道が弟子たちの前で導いてくれる。
 聖賢を学び、天地の法に則り、仙佛に倣う。自分を軽く見てはならない。だれでもみな修行して成仏できるのだからな。
 自分を信じているか? 成仏の道を自分でチェックする。普段やっていることが自分を成仏させ、自分を聖人にさせることができると確信しているか?
 公心と私心はちょっとした思いの違いが作る。かたくなであることと自由活発であることもちょっとした思いの違いが作る。ちょっとした思いが正邪や善悪を分けるのだ。
 弟子たちよ! どうして不用心でいられようか! 人が仏になるまでの修練の過程では、経典・聖訓みなテストされ証明される。
 知っているか知らないか。やったかやらなかったか。成果の差が、上がるか下がるかの違いを生む。小さな誤りはのちのち大きな差になるのだ。わかったか?

2011/05/17歲次辛卯04/15
印尼泗水.正德佛院